教養力就活

ライバルに3歩差をつける、就活(とキャリア)に役立つ教養っぽい話

「外」から答えを持ってくる/ポアンカレ予想が語るイノベーションのヒント

f:id:kyouyouryoku:20160223114735p:plain

世紀の難問、ポアンカレ予想。名前くらいは聞いたことがあるという人も多いと思います。フランスの数学者アンリ・ポアンカレが1904年に提唱した予想で、「単連結な3次元閉多様体は3次元球面に同相である」という、ちょっと頭の痛くなる定理。ポアンカレとしては「俺、証明はできないけど、たぶん正しいから、みんなで考えようぜ」という立場だったので、その後数々の数学者がこの定理の証明に取り組みます。

ちなみに「単連結」とは、図形に沿って1周紐をかけたとき、どのようにかけても、その紐を図形から離すことなく1点にたぐり寄せ、回収できる図形のことで、球面や球体はその一つです。ドーナツ型のように穴が空いた図形は、かけ方によっては紐がひっかかってしまうので単連結ではありません。「閉多様体」というのは、大きさが有限で、端や切れ目が無いものを言います。「同相」というのは、粘土のように曲げたり伸ばしたり縮めたりして、最終的に同じ形に変形できるものを言います(ただし、ちぎったり、つながっていなかった部分をつなげたりするのはNGです)。例えばバレーボールとラグビーボール赤血球は全て同相です。マグカップとドーナツは結局輪っかなので同相です。つまりポアンカレ予想は、ざっくり言うと「表面なり内側なりに紐をどうかけても、紐をたぐり寄せて1点に回収できる3次元立体なら、球体とだいたい一緒」というもの。

さてこの問題、直感的にはなんとなく分かるのですが、いざ数学的に証明しようとするとめちゃめちゃ難問だということが、だんだん分かってきました。最初に大きな一歩を踏み出したのは、アメリカの数学者スティーブヴン・スメイルで、「3次元じゃなくて、5次元以上だったらいつでも正しい」という証明内容でした。でも3次元や4次元については分かりませんでした。1961年。約半世紀が経過していました。そしてこのあたりから、トポロジー位相幾何学)の分野が発展していきます。先程の、同相かどうか等の論を含む、図形の分類に絡む数論で、今まで解けなかった(or解きにくかった)様々な図形問題をどんどん解決していきました。1970年代にウィリアム・サーストンがこの分野の発展に大きく貢献し、1982年にマイケル・フリードマンが4次元については証明を成し遂げます。これらの功績等から、スメイル、サーストン、フリードマンとも、数学界のノーベル賞と言われるフィールズ賞を受賞しています。

そしてこのあたりから、いよいよ位相幾何学ポアンカレ予想の鍵と見なされるようになってきました。

が、肝心の3次元でぜんぜん解けません。とうとうアメリカのクレイ数学研究によって100万ドルの懸賞が掛けられ、「世界の7大数学問題」の一つに数えられるようにもなりました。それでも、世界中の天才数学者をもってしても解けません。生涯をポアンカレ予想に捧げ、志半ばでこの世を去っていく学者もいました。

そんな中、ポアンカレ予想を証明したと唱える数学者がいました。ロシア人数学者、グレゴリー・ペレルマンでした。彼がこの問題を突破した方法は、最先端数学とされた位相幾何学ではなく、古典的数学と思われていた微分幾何学や、そして数学とは関係ない熱力学・物理学の理論を絡めるものでした。ペレルマンは解法の説明を求められて多くの数学者たちの前で壇上に上がり、自身の証明を解説します。その説明を聴いた数学者たちは、まず、ポアンカレ予想が解かれたことに落胆し、それが位相幾何学ではなかったことに落胆し、そして、解説がまったく理解できなかったことに落胆したといいます。「答えはきっとこのあたりにある」と多くの天才たちが挑んだのとは全くの異分野から、ペレルマンは鮮やかに答えを持って来たのでした。数学だけでなく、物理学にも秀でていたペレルマンだからこそできた偉業でした。

世界を大きく変えるアイデアや難問ほど、そのヒントは「外」のフィールドにあるのかもしれません(簡単に見つかりにくいですから、当然と言えば当然かもしれませんが)。フォード社を創業し、自動車を大衆のものに変革したヘンリー・フォードは、「顧客にどんな乗り物が欲しいかときいたら、『より速く走れる馬車が欲しい』と言うだろう」と語っていました。つまり、「馬車」という既存の文脈の外にある「自動車」こそ、真に社会を変えるものだと考えたというわけです。そう考えると、どんな寄り道や遠回りも、決して無意味ではなく、むしろ人と違う視点を獲得するチャンスになるかもしれませんね。

 

www.amazon.co.jp